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反逆する武士

現代貨幣理論

直接給付に批判的ならば休業補償と粗利補償にも批判的になるのが筋だ

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MMT〈現代貨幣理論〉とは何か

大変お世話になっております。
反逆する武士

uematu tubasaです。
初回投稿日時:2020年7月26日(令和2年7月26日)

貨幣とは債務証書である

貨幣とはある種の「債務証書」であり、その価値の源泉は債権としての価値、つまりは人々の契約関係にあるというのがMMTの貨幣観です。
そして、振込やクレジットカード代金の引き落としなどが典型ですが、実際に世の中を動かしているマネー(マネーストック)の大半は、民間銀行が貸出を行う際に借り手の口座に記帳することで生み出される銀行の債務、すなわち民間預金です。
マネーストックの一部は中央銀行が発行する現金ですが、これも人々が自分の預金を引き出した結果として世の中に存在するのであって、中央銀行が主体的に供給しているわけではありません。

引用元:【島倉原×森永康平対談】「10万円給付」の罠!? MMTから考える日本経済の未来(前編)

貨幣とは何かというのは、現代貨幣理論の基礎であり、ここを間違えては経済に対する見方を間違えるに等しいと言えます。

貨幣とは中央銀行にとっての負債であり、一般国民にとっての資産であり、その発行には制限がございません。

貨幣とは商品であるいう「商品貨幣論」や「金属主義」とは別の考え方である「信用貨幣論」が想定されております。
ある意味で、質量保存の法則からの解放と言えます。

簡潔に申し上げれば、貨幣を商品とするならば、それには物質的な発行上限がございますが、貨幣は債務であるとするならば、発行上限はございません。
コンピュータや銀行口座に打ち込まれる数字に上限はないのと同じなのです。

したがって、有限な物質である貨幣をやり取りするのではなく、無限に増やせる債務なのであれば、インフレ率に留意する必要はあれども、公的債務の上限がどれほど増えても問題はありません。

リフレ派は現状認識が誤っている

これに対して、今の日銀が金融緩和で一生懸命増やそうとしているマネー(マネタリーベース)とは、主に銀行間決済のため、民間銀行が日銀に保有している「日銀当座預金」です。
ところが、人々や企業に借入ニーズがないところに、銀行間の決済資金である日銀当座預金をどれだけ増やしたからといって、マネーストックや実体経済にはほとんど影響しないのが現実です。
にもかかわらず、「中央銀行がマネタリーベースを増やせばそれに伴ってマネーストックも増え、その結果としてインフレになる」というのが主流派経済学、あるいはリフレ派の論理構造です。それは、現実とは真逆の理論とすら言えるでしょう。

引用元:【島倉原×森永康平対談】「10万円給付」の罠!? MMTから考える日本経済の未来(前編)

現代貨幣理論においては、金融緩和では景気浮揚につながりにくく、あまりにも非効率的と考えます。

中央銀行が政策金利を引き下げ、民間金融機関などから国債などを買い取り、市中に日銀当座預金を供給したとしても、民間金融機関は日銀当座預金が少ないから融資しないのではなくて、借り手がいないから融資しないだけなのです。

民間金融機関の貸出が活性化していない原因を「日銀当座預金が足りないから」と分析しているのか「返済意思と返済能力を兼ね備えた借り手が少ないから」と分析しているのかという違いが現代貨幣理論支持者とリフレ派を分けます。

当然私は後者に該当すると考えておりますので、日本政府や地方自治体が積極的に支出を増やして、デフレを脱却し、資金を借りて設備投資して需要を積極的に奪いに行かないと企業の存続が危ういと思わせなければなりません。

休業補償や粗利補償にも批判的なのか

いま、山本太郎さんの話が出ましたが、彼は「都民全員に10万円給付する」と言っていましたよね。
「通貨発行権を持たない東京都に、そもそもそんなことが可能なのか」という議論は別として、恐らくは「財政赤字をいくら出しても問題ない」という話と関連して、同じように、MMT的な言説と共に給付金的な政策を主張する人は時折見かけます。
ですが、通貨価値の維持を重視するMMTは基本的に、「労働」という生産活動の対価ではない、給付金的な財政支出には否定的ですし、私自身もこうした主張には相当問題があると思っています。

引用元:【島倉原×森永康平対談】「10万円給付」の罠!? MMTから考える日本経済の未来(前編)

上記引用元記事で違和感があったのは、島倉原氏(以下敬称略)のような現代貨幣理論を支持している方でも、給付金的な財政支出には否定的というのはちょっと理解できません。

新型コロナウイルス感染拡大に対して、休業要請や外出自粛要請などがあるならば休業補償や粗利補償などの直接給付金を支給するのは道理ですし、そういった政策には賛成していたはずです。

けれども、個人に対する給付金に関しては批判的というのはどういったことなのでしょうか。

企業や個人事業主への給付金は問題無くて、個人には駄目ということでしょうか。
筋が通らないのではないかと。

ベーシックインカムを批判するならもっと精密にお願いしたい

ベーシックインカム(BI)もそうですけど、こういう「お金あげます」みたいな主張って、容易に自己責任論に転化してしまう危険性があるわけですよ。
「毎月〇〇万円あげるから、社会保障いらないでしょ」とかの議論にすぐにすり替わってしまう。
BIの考え方は、リバタリアンとして知られるミルトン・フリードマンも主張していますけど、彼が一見「大きな政府」を支持するように見えるBIの話を持ち出した背景にはこういう考え方がありました。

島倉:そうですね。
企業側からも、「給付金やBIがあるんだったら、もっと解雇しやすいように法律を変えてもらってもいいですよね」という話が出てきやすくなりそうです。
そうなると、まさにフリードマンの思惑通りというか……。

引用元:【島倉原×森永康平対談】「10万円給付」の罠!? MMTから考える日本経済の未来(前編)

まず、基本的なことから再度申し上げますが、私は社会保障費を削減してベーシックインカムで一元化するという考えには明確に反対です。

現状の社会保障は維持しつつ、その上で追加的に各個人に対してお金を配ろうと主張しており、積極財政型UBI(ユニバーサル・ベーシックインカム)と言います。

以上を踏まえて、上記引用元記事について言及すると、そもそも社会保障を削減して自己責任論を振りかざすような議論だけがベーシックインカムの議論ではありません。

また「給付金やBIがある場合、解雇規制の緩和になりやすくなる」というお話がございますが、世界各国で行われたベーシックインカムの社会実験においてはそういった動きはございませんでした。

ベーシックインカムの是非と解雇規制の緩和に関してはまた別個の議論であり、解雇規制は現状維持ということにすれば問題無いと考えます。

労働して所得を得られる方だけを想定するのではなく、労働しても所得を得られにくい方(シングルマザーや精神疾患をお持ちの方)を想定して、セーフティネットを多重化するべきとの主張に向き合っていないと思います。

さらに申し上げれば、積極財政型のユニバーサル・ベーシックインカムは新自由主義的な政策ではなく、むしろ新自由主義への反逆を試みる政策と言えます。

新自由主義とは「能力のある人間はますます豊かになり、能力のない人間はますます貧しくなり、ビジネスを邪魔する規制等はできるだけ排除する資本主義的な傾向を強めようという考え」と認識しています。

ユニバーサル・ベーシックインカムとは、能力に関係無しに日本国民であれば、最低限のお金を配りますよという政策なので、反「新自由主義」の政策なのです。

にもかかわらず、ミルトン・フリードマンが主張していたから新自由主義的な政策であるという誤解が蔓延しているのです。

以上です。

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