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皇室

男系固執論者への疑問をまとめました皇室のことを真剣に考えている?

投稿日:

新天皇論

大変お世話になっております。
反逆する武士

uematu tubasaです。
初回投稿日時:2020年1月3日(令和2年1月3日)

皇位継承問題から逃げるな

皇位継承問題に関して重要なことを取り上げたいと思います。

1、皇統=男系なのでしょうか。

現行皇室典範にはこう規定されている。

「皇位は皇統に属する男系の男子がこれを継承する」

つまり、皇統には男系・女系両方含まれています。

もし仮に皇統=男系ならば「皇位は皇統に属する男子がこれを継承する」と記されるはずです。

男系男子、男系女子、女系男子、女系女子が皇統に属しており、そのなかの男系男子が皇位を継承すると限定されているという理解が正しいと言えます。

しかしながら、男系=皇統だと盲信していらっしゃる方が多いというのが現状です。

2、旧宮家系国民男子の皇籍取得は可能なのでしょうか。

男系固執論者の皆様はできると言ってますが、不可能だと言わざるを得ません。

週刊新潮2011年12月15日号に旧宮家の特集記事があるので、興味のある方は読んでみてほしいと思います。

お家断絶もある「皇籍離脱」男系男子リストという見出しで、旧宮家系国民男子に対しての皇籍取得はあるのかという調査記事がでっかく特集されています。

結論だけ申し上げれば(本当にそうなのかとお疑いの方はお読みになってほしい)旧宮家系国民男子に皇籍取得は不可能です。

そもそも皇籍取得する意志を表明したのは一人もいません。
皇籍取得したとしても日本国民から皇族として認められるほどの人物はいません。

それどころか、皇籍取得のお話を振られるだけで困惑する者がいる始末です。
そして小林よしのり氏が先ほど紹介した週刊新潮の記事の詳細まで論じ尽くしています。

SAPIO 2012年2月22日号「ゴーマニズム宣言 皇統の男系固執は不可能だった!」をご参照ください。

皇籍取得は何か特権を得るとかそういう話ではないのです。
様々な自由を奪われることが多いと言えます。

家族、友人、知人などに気軽に会えないし、自分自身の意志で行動できません。なぜ、自分の意志で皇族の配偶者になろうと決意したわけでもないのに皇籍取得に前向きな日本国民がいると想像できるのかふしぎでなりません。

そもそもそんな軽々と取得できるような簡単なものではないのですよ。
君臣の別が曖昧になるような皇籍取得は別です。
さて、男系固執主義者はどう答えるのでしょうか。

女性天皇が果たした役割

女性天皇が皇室および、天皇の制度にどのような影響をあたえたかということを本日の記事では取り上げたいと思います。

実は女性天皇は「単なる中継ぎ」ではなく、国体にとって重要な役割を果たされていました。

そもそも「中継ぎ」ってどのような条件が満たされれば中継ぎになるのか、「中継ぎ」の定義がわからないという話もございますが・・・

参考文献:小林よしのり著『新天皇論』小学館 第25章「偉大なる女帝の歴史」より

まず、日本で最初の女性天皇は第33代推古天皇です。
推古天皇は有名な聖徳太子とセットでご記憶の方が多いのではないでしょうか。

ここで重要なのは日本で初めて「天皇」という君主号を用いたことです。

それまでは大王という君主号が用いられていたのですが、大王とはシナの「皇帝」の下で従属する王のひとりというものでした。
そこを「天皇」という対等を主張するものにしました。

はたして、推古天皇が軽んじられたということになるのでしょうか。
むしろシナの属国になりたくないという自主独立の気概を示した立派な天皇なのではないでしょうか。

2人目は第35代皇極天皇です。
生前譲位を初めて行った天皇である。
それまでは終身在位が普通でした。

また、第35代皇極天皇と同一人物の第37代斉明天皇である。
なんと同一人物が再び即位する重祚を行いました。

しかも、朝鮮半島のバランス・オブ・パワーの維持のため出兵まで決意し、実行するほどの権力を振るいました(白村江で大敗してしまいますが・・・)。

三人目は第41代持統天皇です。
持統天皇は先代の第40代天武天皇の死後、天皇の代行を始め、自分の息子を天皇にするためにもう一人いた皇位継承資格がある皇子を処刑してしまいます。

しかし、自分の息子が早世してしまうと自分が即位することにしてしまいました。
そうとう権力が確立していないとできない荒業と言えます。

しかも、持統天皇が正式に即位する直前、「飛鳥浄御原令」が制定され、天皇・皇后・皇太子の称号が正式に法制化されました。

初めて法的に確立した「天皇」の称号で即位したのは女帝である持統天皇でした。

また、「飛鳥浄御原令」で初めて「日本」という国号が制定されました。
伊勢神宮の「式年遷宮」が持統天皇の下で初めて行われました。

また、天照大神を祭神とする皇位継承に伴う最大の祭儀「大嘗祭」も、持統天皇が初めて行いました。

はたして、単なる中継ぎ天皇がここまで重要なことをやれるのでしょうか。

男系固執論者は天皇が女性というだけで、中継ぎ天皇と決めつけているのではないでしょうか。
これこそ無自覚な男尊女卑と言わざるを得ません。

本日は以上です。

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