
大変お世話になっております。
反逆する武士
uematu tubasaです。
初回投稿日時:2019年6月17日(令和元年6月17日)
経済ナショナリズムに対する既存イメージ
一般的に抱かれる経済ナショナリズムを書き出してみたいと思います。
経済ナショナリズムは常に経済自由主義との対比で考えられてきました。
経済自由主義の関心ごとは世界経済の効率を上げること、経済厚生を増大させ、資源を効率的に配分することです。
また、政府は自由市場に委ねていくべきであり、政府の介入は最小限であるべきと考えています。
国際貿易に関する基本原理は「比較優位」という考え方です。
これは、自国ですべてを生産するよりも各国が相対的に得意とするものに特化して生産し、残りは輸入にした方が、世界全体の効率が高くなるという考え方です。
例えば、日本は自動車を生産するのが得意で、中国が繊維製品を生産するのが得意だった場合には、日本は自動車の生産に特化し、中国は繊維製品に特化して、
貿易を行い、繊維製品と自動車を交換すれば、両国の経済効率が高まるため、望ましいことであると考えます。
経済自由主義はこの「比較優位」の原理から、保護貿易や政府の介入を排除した自由貿易を主張し、自由貿易は各国に互恵的な利益をもたらすと固く信じています。
一方で経済ナショナリズムは、経済の秩序を維持し、発展させるために国家権力は必要不可欠であると考えます。
経済発展には政府の積極的な役割が必要であり、そのために用いられる手段が保護貿易と産業育成政策(注:私は好んで「産業育成政策」と表記しますが、これは経済学で言うところの産業政策とほぼ同義です)なのです。
また、経済ナショナリストは国家が戦略的に重要な産業や先端技術にターゲットを絞り、振興しなければならないと考えます。
自由貿易や自由放任(レッセ・フェール)に任しているだけでは、戦略的に必要な産業や技術を獲得できないと考えます。
経済ナショナリストは経済自由主義者の主張する世界経済の厚生や効率性などには、ほとんど関心がありません。
経済ナショナリストにとっては、どうやって自国の政治力と経済力を強くするかが重要なのであり、それこそが関心事なのです。
加えて、経済ナショナリストは国際経済を各国に互恵的な利益をもたらす平和的な関係とは考えていません。
国家間の経済資源獲得戦争の場であるとしています。
国際経済の参加を嫌い、自足自給国家(アウタルキー)国家を理想としています。
これが一般的な(?)経済ナショナリズムと言われてきたものの大雑把なイメージです。
このように経済ナショナリストは、経済に対する国家の介入を重視しています。また、自国の政治力と経済力の強化を主たる目的としているこというのも正しいでしょう。
しかしながら、このイメージには重大な欠陥が2点ございます。
経済ナショナリズムに対する誤解 その1
その第一点は「ネイション」と「ステイト」が区別されていないという点です。「ナショナリズム」とは読んで字の如く「ステイト」ではなく
「ネイション」に対する忠誠心であり、「経済ナショナリズム」とはあくまでナショナリズムの一形態なのです。
「ネイション」とは、歴史的記憶、公的文化、言語、領土、伝統といったものを共有することによって統合されている一種の共同体(ネイションとは様々な定義がなされるが、この記事では中野剛志氏の定義を基準とする)と定義されます。
「ネイション」の訳語はなかなか難しいが「国民」が一番近いであろう。
対して、「ステイト」とは、政治的な制度あるいは組織です。
「ステイト」の訳語は、「国家」が適当でしょう。
「ステイト」は、強制力、法の支配、権威といった様々なものによって人民を統合します。
経済ナショナリズムとは、経済領域における「ナショナリズム」なので、国家の利益ではなく、国民の利益をどうするかを考えることなのです。
ただし、「経済ナショナリスト」は「ステイト」を無視するのではなく、重要なものであると考えます。
なぜならば、国民の利益を増大させるための経済政策を策定し、実行する主要な主体は「ステイト」だからです。
わかりやすく言えば、「経済ナショナリスト」は特定の個人、団体、勢力のためだけになるような経済政策を主張したりはしません。
特定の国家指導者に対して忖度しません。
あくまでも国民(ネイション)の全体の利益になるような経済政策を主張するのです。
したがって、「経済ナショナリズムは国家主義である」という批判は成り立ちません。
経済ナショナリズムの誤解 その2
第二点目の欠陥は、「経済ナショナリズム」は保護貿易と産業育成政策を主張し、自由貿易でもたらされる便益を否定しているという認識です。
結論から言えば、「経済ナショナリスト」は自由主義的な政策から、社会主義的な政策まで、自国に有利であれば(自国の国力増強に役立つのであれば)あらゆる政策を採用する可能性があります。
かつての通産省がそうでした。
幼稚産業保護を鮮明に打ち出し、国際競争力が充実してきたら、段階的に自由化していったのです。
また、米国も他の先進諸国に市場開放を厳しく要求したことがあります。
それは、米国自身の輸出産業の利益を増やしたいからです。
グローバリゼーションという名のアメリカン経済ナショナリズムであったといえます。
以上です。
経済ナショナリズムの記事が継続します。
何卒お付き合いいただければと存じます。