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反逆する武士

現代貨幣理論

現代貨幣理論の基礎。金属主義と表券主義の違いとは何かを考察する。

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大変お世話になっております。
反逆する武士

uematu tubasaです。
初回投稿日時:2019年5月31日(令和元年5月31日)

「経済学が引き起こした2つの大罪」を読んだ

本日は三橋貴明氏(以下敬称略)の「経済学が引き起こした2つの大罪」を読みまして、経済学における貨幣観の違いを学びました。
この記事はその学習結果報告になります。

こちらは送料だけで、購入することができる経済学パンフレットという感じです。

内容はかなり薄めでございまして、送料だけでの提供は妥当だと思います。
第1章と第2章は特に驚くような内容ではございませんでした。

三橋貴明のブログを読んでいる人間であれば当然の如くご理解いただける内容かと存じます。

ただ、第3章において、三橋貴明の貨幣論が収録されており、とても勉強になりました。

以下においては「 経済学が引き起こした2つの大罪 」を参考文献として、現代貨幣理論の基礎としてお送りしたいと思います。

金属主義と表券主義の違い

お金、難しく古風に表現するのであれば、貨幣に関する2つの思想がございます。

1つ目は「表券主義」です。

お金というのは債務と債権の記録であり、貸借対照表の資産の部と債務の部に記載されるものと私は理解しています。

もし、私が誰かにお金を貸した場合、そのお金は私にとっての債権であり、誰かにとっての債務となります。

その場合、私はお金を貸したことを証明する借用証書を書いてもらいます。
その借用証書はお金の貸し借りを記録したものに過ぎません。

そして、誰かがお金を借りた、もしくは誰かがお金を貸したという借用証書においては単位が付与されます。

それが通貨単位と言われ、日本においては「円」となります。
通貨の単位が無い場合、数字の羅列だけあって、どれくらいのお金の貸し借りがあるのかわかりません。

100と記載されていても、100USドルなのか、100円なのかでは金額が大きく変動してしまいます。

明確にそのお金の量を知り、各国の通貨単位との交換比率を明確にするためにも、通貨単位が借用証書に明記される必要があります。

さらに、その借用証書に譲渡性が加わると、まさにお金となります。
仮に、私がAさんに100万円を貸したとします。

貸したことを証明するために、100万円分の借用証書を書いてもらいました。

その借用証書を持って、日本学生支援機構に持ち込み、奨学金を返済しようとして、日本学生支援機構側がそれを受け取ったら、譲渡性があるということになります。

「表券主義」という考え方に基づくと、借用証書という記録、通貨単位、譲渡性この3つが揃っていればお金であると言えます。

2つ目は「金属主義」です。

これは主流派経済学的な考え方です。
私も某国立大学にて経済学の講義においては「金属主義」という考え方以外は教えてもらえませんでした。

その際、アダム・スミスの貨幣観に根差した、物々交換の不便さを回避したいがために、貨幣が生まれたという説を採用しています。

以下において物々交換をしていた世界を想定し、その考えの基本的なところを説明したいと思います。

パンとオレンジジュースを購入したい人がいます。
パンを販売している人と、オレンジジュースを製造している人に対して、その人が欲しい物及びサービスを提供しなければなりません。

しかしながら、パンとオレンジジュースを提供している人の欲しいものを事前にヒアリングして用意しなければなりませんし、その人が何もほしいものがない場合には物々交換は成立しません。

そのため、貴金属を利用した貨幣が登場し、お金を物々交換の際に利用したことが貨幣の起源であると考えられています。

物々交換をしたいのですが、お互いのニーズに合致しない場合が多いため、貨幣が生まれたというのがアダムスミスの貨幣観なのです。
また、貴金属は腐敗しません。

もし、お金が貴金属ではなく秋刀魚だったとしたら、1日程度で腐敗しますし、保存するためには冷凍庫が必要です。

保存するだけで莫大なコストが必要になります。
持ち運びも、物やサービスに比べれば楽です。
だから貴金属をお金として利用したのです。

お金というのは貴金属それ自体が価値を決めているとする考え方、それが「金属主義」なのです。

金属主義の3つの問題点

三橋貴明は金属主義には3つの問題があると主張しています。
1つ目はインフレーション恐怖症に陥りやすいという点です。

金属主義」においては、例え現実で流通しているお金が紙幣であっても、貴金属の担保がなければならないと考えます。

したがって、お金の発行に制限があります。
貴金属の量、それに伴う貴金属の価値よりも多くのお金を発行することができないのです。

そうなると、中央銀行はお金をどんどん発行することができないため、政府はお金を調達しにくくなり、緊縮財政傾向に陥ってしまいます。

お金をどんどん発行してもらい、財政出動してしまったら、政府が保有する貴金属の価値よりも多い貨幣が流通するため、貴金属との交換比率を変更せざるを得なくなり、貨幣価値が下落してしまうと考えるからです。

2つ目は金属主義の経済学が政府やお金を発行する主体を信用していないことです。

我が国日本の中央政府と日本銀行を信用できないため、お金においては貴金属を担保としておいて、日本銀行が日本政府の要請で大規模に紙幣を増やし、通貨発行益を得ることを牽制したいのです。

通貨発行益を認め、どんどん紙幣を刷ってしまったら、インフレが発生し、経済学者が保有するお金の価値が下落してしまいます。

3つ目は「金属主義」の経済学が戦争や内乱を前提にしていること。
確かに、戦争や内乱が発生した場合、外国に逃げた場合でもすぐに物やサービスに交換できるのは貴金属であり、もっと端的に言えば「金」です。

貨幣のことを「お金」というのもここが起源なのかもしれません。

1万円札をアメリカ合衆国に持っていっても、マックのダブルチーズバーガーは購入できませんが、貴金属を店員さんに見せてあげらば購入できる可能性は飛躍的に高まります。

貴金属は国境を越えて、その価値が認められている物なので、いざというときに貨幣を貴金属に交換しておけば、すぐに外国でも物やサービスを手に入れることが比較的容易になります。

お金を「金属主義」に基づいて貴金属を担保にしておかないと、いざというときにお金を使用することができなくなってしまうということになります。

表券主義が便利で正しいとしか言えない

結論として、どちらの貨幣観が正しいのかという話になります。
私個人としては「表券主義」が正しいと思います。

貸借対照表、高度な印刷技術、銀行預金での決済が主流という現実を見ると、そうとしか言えないような気がします。

ニクソン大統領のUSドルの金兌換停止もございました。
金属主義は敗北したと認識するのが妥当です。

そして、表券主義だと、どんどんお金を印刷して、デフレ脱却できますし、貴金属を保有しなくてもいいということになるため、各種制限事項から解放されますし、貨幣に貴金属の割合を気にする必要がないため、便利だと思います。

以上です。

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